二十七歳の地図

日記・詩・小説をつらつらと書き綴っています

『孤独なダンサー』〜Homage of The Dance Hall〜

短編を書いてみました。

尾崎豊の『ダンスホール』という曲を元に小説風にしてみました。

 

 

孤独なダンサー

 

 あの日、僕は彼女に出会った。

 

 その夜、僕はいつも通りに四人の友人と退屈な家から抜け出し、タバコをふかしながら歩いていた。やさしい秋風が頬を撫でるように吹き抜ける夜、街はすっかり闇に飲まれていた。街灯の小さな光にさえ苛立っていた僕たちにとって、アルコールはすべてを吹き飛ばしてくれる魔法だった。

「洒落た店があるからよ。安いけどいい酒飲めるぜ」

 同級生の友人が意気揚々と話している隣で、僕はくわえタバコで夜空を見上げていた。曇りきった空に星など見えるはずもなく、すぐに顎を引いた。

 ふと、世間の十五歳はタバコも酒もやらないのだろうかと思った。それならば、どうやって正気を保ったまま学校や家で生活してるのだろう。僕はまた、ふわふわと口に出すわけでもない考え事にふけっていた。

 

 しばらく歩くと、周囲に対して妙に際立っている建物が見えてきた。

「どうだあの外観。いかにもって感じだろ? 俺たちをガキ扱いしねえいい女もきっといるさ」

 まるで自分に言い聞かせるような口振りの友人に、僕は笑みをこぼした。この頃の僕たちは、気の利いた酒と女に夢中だった。退屈な学校や家に帰るくらいなら、非行の方がずいぶん楽だった。

 店に近づくにつれ、なにかの音楽が漏れ聞こえてきた。ずいぶんな音量で流してるなと、僕は思ったが、友人が勢いよく扉を開けた瞬間にその違和感は雲散霧消した。

ダンスホールって来たことないだろ? まあ、適当にいい女見つけて楽しくやろうや」

 友人の言葉には耳も貸さずに、僕の五感は眼前に広がる空間に支配された。どれほどの広さか確認できないほどに広く、人がぎゅうぎゅう詰めになってミラーボールと陽気な音楽で踊り狂っている。さっきまで夜の静けさの中にいたのが、遠い昔のことのように思えた。今日は楽しめそうだと、僕は直感的に思った。

 

 友人たちはそれぞれ、目当ての酒や女に目星をつけて動き始めていた。その中には、早速言い寄ってはあしらわれてる奴もいた。僕はしばらくホールの隅に立ち尽くし、安酒を口にしながら周囲を見渡していた。派手な化粧でごまかしてはいるが、僕たちくらいの少女もいくらかいるようだった。

 ひと通り観察してみた結果、洒落た小さなステップを踏んでいるひとりの少女が目に止まった。そうとう酔っているようだったが、彼女のたどたどしいステップには独特の魅力があった。しばらく僕は彼女を見ていた。まるでこのホール内に僕と彼女しかいないかのように、視線を奪われていた。彼女はしばらく踊った後、近くにいた男との会話に夢中になり、時折満面の笑みを浮かべた。そして、また踊りはじめた。

 僕はまだ隅っこで安酒を飲み続け、アルコールで日常のもやもやを洗い流していた。何人かの女性が話しかけてきたが、僕がガキだとわかると去っていくか、僕の方から遠慮してしまった。というわけで、ぼくはひとり寂しく飲んでいた。彼女から目を離すことなく。

 カクテルを五、六杯飲みほした後、トイレに駆け込んだ。気持ち悪さはまだなかったが、強烈な尿意に襲われて一旦ホールを後にした。

 膀胱を楽にしてホールに戻ると、彼女の姿がどこにもなかった。僕がひどくガッカリした次の瞬間、背後から幼い声で話しかけられた。とっさに振り向くと、それまでずっと見ていた少女が目の前に立っていた。

「あんたずっとあたいのこと見てたでしょう。案外わかるのよ、見られてるって感覚。夜遊び覚えたての学生さんが、こんなとこに紛れ込んじゃっていいのかしら?」

 彼女の力強い視線が僕に向けられている。近くで見ると、そこまで美人というわけでもない。化粧がなければ地味な方だろう。

「今日は友人の付き添いで来たんだ。それに俺はもう十八だよ」

「わたしの前でうそはやめて」

 彼女の眼光が一段と鋭さを増した。

「ごめん、本当は十七さ」

「それもうそね」

 しらばっくれることは出来たが、これ以上は彼女の前ではためらわれた。

「まったく…… 十五だよ。キミも同じくらいだろう?」

 ホッとした表情を浮かべた彼女は素早く答えた。

「あたいももうすぐ十五さ。ねえキミ、ちょっとお店変えて二人で飲み直さない?」

 彼女からの急な提案にあれこれ考えるわけでもなく、僕は即答していた。

 

 ずいぶん酔っていた様子に見えた彼女は、しっかりと自分の足で歩いていた。

「ちょっと歩くけど平気よね。そんなに飲んでなさそうだったし」

 彼女はいつどのタイミングで僕を見たのだろうかと考えていると、彼女が的確に答えた。

「あたいあそこの常連だからさ。人の出入りや視線のクセには慣れてるの。特にはじめて来た人たちなんてすぐにわかっちゃうわよ。お友達と五人で来てたでしょう?」

 そこまでわかるのかと感心する一方で、なぜ僕を誘ってくれたのかがまだ謎だった。すると、またもや見透かしているかのような答えが返ってきた。

「あんた、考えてることが顔に出てるわよ。あんなに熱心に見られたのは初めてだし、近くで見ると結構男前だったからね。めぼしい女もいないようだったし、誘ってよかったでしょ?」

 そこまで見透されているとかえって爽快だった。この時、僕が彼女にいくつかの意味で惹かれていたのは確かだし、二人っきりで話せるなんて思ってもみなかった。僕は早くアルコールを体内に取り入れたくてそわそわしていた。

 

 彼女と二人で入った店はこじんまりとしていて、薄暗い店内には客が二、三人しかいなかった。彼女は率先してカウンター席に座ると、僕のぶんの酒も勝手に頼んだ。

「結構イケるんでしょ? 見た目は優等生っぽいけど、やることやってんのね」

 彼女はポケットから取り出したタバコに慣れた手つきで火をつけると、僕にも薦めてきた。僕は自前のタバコを取り出し、彼女の赤いライターで火をつけてもらった。

「両親も兄貴もまともな家庭なんだけどさ。どうして俺だけこんななっちまったのかなあ」

 頼んだウイスキーの水割りが二人の前に置かれた。

「そういうこともあるわよ。わたしは家族もクソだけどね。学校には通ってるんでしょう?」

 彼女がグラスを掲げたので、僕は慌てて自分のグラスを近づけた。わけもない乾杯を済ませると、彼女はおちゃらけたウインクをして見せた。

「うん、毎日ってわけじゃないけど、いちおう通ってるよ。まあ、何度も停学くらってるけどな。教師ってのはどうしてああも強権的なんだろうな。うんざりするよ」

「あたい、学校は辞めたの。いまは働いてる」

 僕はわけを尋ねていいか迷ったが、彼女の方から話し始めた。

「彼が辞めろって言ったのよ。あたいの彼、イカれてるからね。まあ、家からも出たかったしね。ちょうど良かったのよ。働いて自分で生活できるようになればこっちのもんだって思ってた。ちなみに今はディスコで出会った友だちの家に転がり込んでるんだけどね」

 店内がタバコの煙に包まれる中、彼女は次の水割りを頼んだ。

「まあ、彼がどうのとかじゃなくて本当はあたいの性分なのよ」

 彼女は伏し目がちな表情で、まるで自分に言い聞かせるようにつぶやいた。

「ちょっと、あんたももっと飲みなさいよ。もう一度乾杯しましょう」

 僕はそそくさとカクテルを頼んだ。

「はい、それでは同い年のイケてる男の子との偶然な出会いに乾杯!」

 彼女は終始上機嫌だった。その満足そうな横顔を眺めているだけで、僕は不思議な幸福感に包まれた。

「こんなものよ。男女の関係なんて」

 偽りの微笑みを浮かべる彼女に、僕はさらに惹かれていった。

「ねえ、今晩空いてるんでしょ? どうせ学校なんて休んじゃえばいいのよ。いきつけのホテルがあるんだけどどうかしら?」

 僕はしばらく逡巡した後に、小さくうなづいた。

「そうと決まればさっさと移動しましょう。幸いホテルも近くにあるのよ」

 彼女は素早く会計を済ませ外へと飛び出した。この辺りに詳しい彼女に導かれるままに、あっという間にホテルの受付に到着した。彼女はすでに泥酔していたので、僕がチェックインの手続きを済ませた。ルームキーを受け取ると目的の部屋に入った。彼女はすぐに上着を脱ぐとベッドへと倒れこんだ。

「あたい、なにをやっているのかしらね。時々不安になるの。自分自身がわからなくなるって感じ」

 彼女はベッドに顔を埋めたまま、もごもごした声で話している。

「あたいがグレはじめたのはね、ささいなことなのよ。イカれた彼と過ごすうちに影響されちゃって、酒や非行に走るようになった。両親は喧嘩ばかりだし、一秒だってあそこにはいたくなかったわ。だからいやいや働いて自分で生活するって決めたの」

 泥酔状態の彼女にどの程度言葉が届くか不安ではあったが、それでも言葉を投げかけてみた。

「その点、俺なんかはまだ学校に通っていて、家族とも一緒に暮らしている。俺は本当はなにがしたいのか、なんのために生きているのか、考えても考えても答えは出ないんだ。まだガキだから社会や世間ってものがわかってないからな。答えなんて出やしないんだ」

「わたし、結構酔ってるわよね。ちょっと喋り過ぎちゃったわ。でもね、やっぱりお金は必要よ。金がすべてじゃないなんて綺麗には言えないもの」

 その時、彼女が突如立ち上って僕をベッドへと押し倒した。彼女の決して整っているとは言えない顔が目と鼻の先に接近した。

「あんた、やっぱり可愛い顔してるわ。モテるでしょう。わたしとセックスしたい?」

 僕は彼女の焦点が合わないうつろな目の奥に、さみしさを感じとった。

「セックスはやめておくよ。後々面倒だからね。キミはもう眠ったほうがいいと思うよ。若いからって無茶はしないほうがいい」

 彼女は無理やり僕の顔を両手で掴むと深い口づけをした。長い濃厚なキスだった。僕は彼女のなすがままに受け入れるしかなかった。不思議と悪い気はしなかった。

「はい、これで終わり。あたいもう限界かも。寝てる間に乱暴したりしないでよね」

 彼女は僕がそんなことをする人じゃないとわかっていながら、そんなことを言った。

 

 彼女の安らかな寝息が聞こえ始めてから、僕はこの街にはこんな子がたくさんいるんだろうかと考えていた。なんだか悲しい気持ちになったけど、みんななにかを求めて生きている。その行為自体は誰にも否定できない。彼女の寝顔を見ていると、少しだけ心を許しはじめている自分がいた。いろんなことから距離を取ってきた自分。彼女は不思議と僕の心に接近してくる。これが好きという感覚なのだろうか。愛というものなのだろうか。

 僕はソファで寝ることにした。彼女の寝顔をもう少し見ていたかったけれど、僕の眠気も限界だったので、横になるとすぐさま眠りに落ちていた。

 

 目が覚めると彼女の姿はなかった。時計を確認すると午後一時だった。シャワーを浴びて身支度をしていると、テーブルの上に置かれた一枚の紙が目についた。なにやら手書きの文章が書かれているようだった。おそらく彼女が残したものだろう。僕は身支度を終えてからソファに腰掛け、青いボールペンで書かれた文章を読み始めた。

「素敵な少年くん。昨日はありがとね。あなたのことすっかり気に入っちゃった。あたい、夜は大抵あのダンスホールにいるから、もし気が向いたらまた来てちょうだい。待ってるわ」

 悪い気はしなかったが、同時に不安にもなった。彼女は今夜もあそこへなにかを探しにいくのだろうか。そしてそれは見つかるのだろうか。僕が思い浮かべた彼女の姿はさみしい影を落としながら歩いている後ろ姿だった。昨日彼女を抱いていたら、なにかが変わったのだろうか。

 少しの後悔が思考を支配する中、僕はいちおう学校へと足を運んだ。とっくに授業は開始しているが、無断欠勤よりマシだろう。部屋を後にする前に、彼女の残り香を感じて部屋を出た。

 

 それ以来、あのダンスホールには通わなくなった。なんでも友人いわく、酒も女の質もあまり良いとは言えなかったようだ。

「また新しい遊び場を見つけないとな」

 友人はめげる様子もなく、次のプランを練っているようだった。僕はやはり彼女のことが気になっていたが、あのダンスホールに行けば会えるという安心感が、あの場所に通うのをことごとく後回しにしていた。

 

 数日後のある朝、家でふと目にした情報番組にあのダンスホールが映っていた。テロップには『◯◯町少女殺傷事件』と表示されていた。僕の目は釘付けになり、集中して短いニュースを聞いた。どうやら十五歳の少女が首を切られて殺されたようだ。

「まさか……」

 こういう時の杞憂は当たってしまうものだ。後日友人から詳細を聞くと、どうやらあの日に出会った少女が被害者であることがわかった。強盗目的で男に誘われて、抵抗したところ首を切られたらしい。失血死だった。その上両足のアキレス腱まで切られていた。

 僕は驚くほど冷静だった。こうなることを予期していたのではない。ただ、その危うさは感じていた。もっとも、僕にどうにかすることが出来ただろうか。あの時、彼女を受け入れたらよかったのだろうか。あの時、彼女と二人でホールを出なければこんなことにはならなかっただろうか。しかし、現実に彼女は死んだ。僕は複雑な感情を処理できずに、その日は学校へ行くのをやめた。

 

 数日後、ギターが得意だった僕は路上で歌っていた。これまで何度かやったことはあったが、習慣化することはなかった。今回演奏する曲は決まっていた。部屋にこもって作った初めての曲。

 アコースティックギターでの荒削りな演奏とガラ声で精一杯歌った。足早にかけてゆく人々は誰一人とまることはなかったが、僕は何度も何度も同じ曲を歌った。

 曲名は『孤独なダンサー』

 

 

以上です。

この事件は実際にあった出来事です。

新宿歌舞伎町ディスコナンパ殺傷事件 - Wikipedia

 

 


尾崎豊 ダンスホール(85年 大阪球場) - YouTube