二十七歳の地図

日記・詩・小説をつらつらと書き綴っています

『The Graduate』

まったく眠れないので、軽い短編を書いてみます。

 

The Graduate

 蒸し暑い風が体中にまとわりつく朝。俺はいつものように重い体を起こして学校へ行ったんだ。

 いつもの通学路、いつもの自転車置き場、いつもの校舎、いつもの教室。すでに教室には見慣れた連中がいて、みんな雑談に夢中だった。

 チャイムが鳴り、俺はいつもの席についた。これから半日は退屈な授業に費やすと思うと気が狂いそうだった。三階から覗く空に、俺の身も心もすべて吸い込まれてしまいそうだった。

 先生と呼ばれる大人たち。生徒と呼ばれる俺たち。一体なにが違うのだろうか。先生は何にでも答えてくれるのだろうか。俺のちっぽけな頭に、ただただ受験用の知識を詰め込むつもりだろうか。

 ノートに考え事を綴っていると、あっという間に授業が終わった。再び、教室は子供たちだけの空間へと回帰した。

 その時、ひとりの友人が俺の席に近づいてきた。

「おい、お前最近どうなんだ? 音楽の方はちゃんとやってるのか?」

 俺は幼少期から音楽好きで、井上陽水浜田省吾なんかのカバーに夢中だった。そして友人たちには音楽で生きていくと吹聴していた。

「なんだよ突然。曲つくったこともねーしやり方がわからねーんだよ」

 友人が突如顔色を変えて口調を強めた。

「お前は本当に口ばっかだな。いまだに夢だ愛だの言ってるのはお前くらいだぞ。本気で音楽やるんならいますぐ人前で歌ってこいよ」

 強い言葉を投げつけられても、俺は驚くほど冷静だった。自分でも分かっていたことだった。さらに友人の口撃は続いた。

「俺はすし職人目指してるからよ、学校終わったら毎日駅前のすし屋で修行させてもらってんだ。お前と違って俺の夢には行動がともなってる。お前はいつまでも夢見がちなガキのままだよ」

 もし少しでもアルコールが入ってたらすぐぶん殴ってただろうけど、ここは学校だし揉め事はごめんだった。だから出来るだけ冷静に言い返した。

「お前に俺の気持ちがわかるかよ。ガキのまんまで結構さ。お互い好きに生きていこうぜ。もし夢が叶わなくても、そんなことは問題じゃないんだ。最近ご無沙汰だろ? また飲みにでも行こうぜ」

 友人はふと笑みを浮かべると、別の生徒のもとへ駆け寄っていった。

 

 憂うつな授業が終わり俺は友人の家に集まって、タバコを吸いながらビールを飲んでいた。

「俺たちって世間的には立派な不良だよなー! 14歳でビール好きなガキってどれくらいいるんだろうな」

 上機嫌な友人たちの笑顔を見ると、俺の心も洗われるようだった。そして俺はなかば無意識のうちに、友人たちに問いかけていた。

「なあお前らよう。夢とか愛とかって真剣に考えたことあるか? いまどき誰もそんなこと考えもしねーのかなあ……」

 瞬間、なぜこんなことを口にしたのだろうと後悔した。するとある友人が缶ビールをグラスに注ぎながら答えた。

「夢ねえ…… 俺はバカだからよう。いくら考えてもなんにもわかんねーんだ。だたその時の気持ちに素直に従って生きてるだけさ。俺にはそういう生き方がいちばん合ってんだ」

 友人の言葉には不思議な説得力を感じた。続いて他の友人も口を開いた。

「夢とか愛とかお前の得意分野だもんな! 出会った頃からしきりに口にしてたっけ。最初は変わった奴だと思ったけど、神様がお前はそういうことを考えるような人間にしちまったんだよ。それがお前の役割さ。音楽で表現するんだろ? 精一杯やってみろよ。俺はこうやって酒飲んで下世話な話してる時がいちばん楽しいけどな! 将来のことなんてちっとも考えてねーよ!ほんとバカだよな〜」

 だいぶ酔っているのか、友人は視線が定まらない目で無邪気に笑っていた。その笑顔を見て、俺は柄にもなく今後の話をしてみた。

「俺も最近ギター上達してきたからな。そろそろ自分の曲ってもんを作って路上で歌ってみたいんだ。その時、お前ら聴きに来てくれるか?」

 友人たちが一斉に俺を見て叫んだ。

「当たり前だ! お前の才能は誰もが認めてるからな、うまくいけば歌手になれるかもしれねーぜ!」

 お世辞とは分かっていながらも、俺は素直に嬉しかった。

「とにかくやってやるさ。行動しなけりゃ意味がねえんだ。じゃあ、俺そろそろ帰るわ。酒代は明日払うからよ。お前らもほどほどにしとけよ。あんまり酒くせえと先生にバレちまうぞ」

 

 友人たちの笑い声が響き渡る部屋を後にし、俺は家に帰り兄貴からもらった古いギターを手にした。

「誰かのコピーばっかやっててもしかたねえ。俺にしか歌えないことがあるはずだ。誰にも共感されなくてもいい。俺にとって生きることは歌うってことだからな。すし職人も歌手もみんな同じさ」

 数日後、誰もいなくなった教室でひとり歌ってみた。先生に見つかったらきっと小言を言われるだろうが気にしなかった。

 一週間で作った三つの曲を歌い終えると、形容しがたい多幸感と恍惚感に包まれた。

 「みんな、自分の役割を全うするんだ」

 妙な自信を得た俺は、その場で早速五線紙にコードを書き始めた。次から次へと浮かんでくるメロディーと詞。歌わなけりゃ死んでしまうように神様に作られちまった俺の人生。

 きっと諦めなければうまくいくさ。真夏にしては涼しい風が窓から吹き抜けた。すると五線紙が舞い上がり、誰かの机の上に落ちた。この未完成の曲がこいつの心を救うかもしれない。俺の心のもやもやは解き放たれた。もはや学校も家庭の鬱屈も関係ない。死ぬまで歌い続けてやる。14歳の放課後、俺の魂は静かに踊っていた。

 

以上です。

書くことはあまり苦にならない。25歳まで気が付かなかったけど、逆に25歳で気付けたんだと考えよう。なにかを始めるのに早いも遅いもないけど、精一杯なにかに打ち込むことはかけがえのない行為だと思う。