二十七歳の地図

日記・詩・小説をつらつらと書き綴っています

『喜びの意味』〜Dear Great Singer〜

YUIの『feel my soul』という曲を短編化してみました。

 

喜びの意味

 二段ベッドの下の段で布団をかぶっていた。頭まで覆う柔らかな羽毛の香りには、わたしの涙が混じっていた。

 もう何時間こうしているのかわからない。いまのわたしは時間から解き放たれた世界にいた。ベッドの脇には空っぽのテッシュ箱。白いゴミ箱の周りには、丸められ投げ捨てられた涙混じりのテッシュが散乱している。

「電話しなくちゃ」

 分かってはいるものの、浮かんでくるのはあの人の笑顔。でも自分で決めことだ。前を向かなくちゃいけない。乗り越えるべき壁は目の前にそびえ立っている。

 意を決して布団を乱暴に蹴り出し、机の上にある携帯電話に手を伸ばした。着信履歴に刻まれた名前を目にするだけで、また涙が出そうになった。瞬間、わたしは無心になって彼に電話をかけた。

 しばらく着信したが出なかったので諦めようとしたその時―

「もしもーし、ちょっとDVD観てたからさ、出るの遅くなっちゃった」

 いつもの陽気な彼の声。わたしは切り出す言葉を考えておらず、数秒の沈黙が流れた。

「? どうしたの? なんかあった?」

 彼の口調が不安と心配へと変化した。わたしはひと呼吸おいて口を開いた。

「あの……実はね、別れたいの」

 すぐにやってくるであろう彼の反応が怖かった。だけど乗り越えるんだ。

「え? 別れるって恋人じゃなくなるってこと?」

 言葉の正確な意味を確認しようとする彼の呼吸が荒くなっている気がした。

「うん。もう恋人じゃなくなる。うまく言えないけど……こうしなきゃ先へ進めないの」

 自分が彼だったらなんたる理不尽だと憤怒するだろう。だけど、これがいまのわたしの精一杯の伝心だった。

「そうか……わかった。キミは妙に頑固なところがあるからね。キミが一度決めたことを変えるとは思えない。別れよう」

 彼がそう答えることは分かっていた。三年間付き合ったけれど、いつもわたしの考えを優先してくれた。わたしのわがままにつきあってくれた。彼とじゃなければ、いくつもの甘美な思い出は蓄積されなかっただろう。

「ごめんなさい、いつも口下手で。いま言うのも変だけど、わたし、あなたのことが心から好きだった。あなたと出逢えたことが運命だって思ってた。だけど―」

 わたしが話終わらないうちに彼が強めの口調で言い放った。

「じゃあいつまでも一緒にいようよ。どうか、俺のそばから離れないでくれ。運命ってそういうもんじゃないのかな……」

 はじめて彼の心からの言葉を聞いた気がした。彼の最初で最後のわがままなのかもしれない。強烈な罪悪感に襲われる中、わたしは少しずつ言葉を紡いだ。

「いまでも大好き。だけど別れなくちゃいけない。そうささやいてるの、わたしの心が。あなたが具体的にどうこうってわけじゃないの。ただふっと、その時がやってきただけ。苦しいけど、わたしは自分の心の叫びをいつも感じるの」

 自分でもなにを言っているのかわからなかった。おそらく彼もよくわからないだろう。これ以上話しても彼を苦しめるだけだと思った。わたしは言葉が下手くそだ。ふと、ゴミ箱の横にあるアコースティックギターが目に入り、無性に歌いたいと思った。

「キミが口下手なのはわかってるし、言いたいことはなんとなくわかった。だけど、最後にもう一度言わせて欲しい。どうかどこにも行かないでくれ。遠くへ行かないで……」

 嗚咽混じりの彼の声に、愛しさが爆発しそうだった。泣き疲れたはずの両目が再び潤んできた。

「どこにも行かないよ。わたしは前へ進むだけ。そしてまた苦しんで泣いて、そんなことを繰り返していつか本当の喜びにたどりつける。そう信じてる」

 こんなことしか言えない自分が腹立たしかったが、それが本心だった。

「キミとの三年間、本当に楽しかった。出逢いが必然なら別れだって必然だろう。俺も前へ進む。互いの選んだ道を突っ走ろう!」

 無理にトーンを明るくした彼の思いやりを受け、涙が頬を伝って落ちた。

「あなたもわたしもきっと正しいのよ。自分らしく生きることが、きっといちばん素敵なの。大丈夫。すべてうまくいくわ」

 セーターの裾で涙を拭きながら口にした言葉は未来へと飛散していった。

「ありがとう。キミもきっと大丈夫。また曲を作ったら是非聴きたいな。じゃあ映画の続き観たいからまたね。わざわざ電話くれてありがとう」

 わたしの返答を待つわけでもなく通話は終了した。涙でぐしゃぐしゃのひどい顔だったけど、不思議な爽快感があった。

「替えのテッシュ取りにいかなくちゃ。それと五線紙もきれてたっけ」

 わたしは颯爽と部屋を飛び出し、階段を駆け降りた。

「そうだ!この気持ちを歌にすればいいんだ。きっと素敵な曲が作れる」

 前進するには痛みを伴う。壁を超えるにはなにかを犠牲にする必要がある。いつまでも居心地の良い場所にいたらダメなんだ。

「曲名は……そうねえ、『feel my soul』とかでいいかな。ちょっと安直かなあ」

 

以上です。歌詞の中での一人称は「僕」でしたが、女性目線で書いてみました。

 

 


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