二十七歳の地図

日記・詩・小説をつらつらと書き綴っています

Das glück

 ある朝、10歳の元気な少年だった僕は、まったくいつもと違った恵まれた深い、うれしく快い気持ちで目を覚ました。それが僕を内部の太陽のようにくまなく照らした。今し、少年の安眠から目覚めたこの瞬間に、なにか新しいもの、素晴らしいものが生じでもしたかのように。僕の小さくて大きい少年の世界全体が新しいより高い状態に、新しい光と風土の中に入りでもしたかのように。美しい生活全体がいまはじめて、この早朝、値打ちと意味をあますところなく獲得しでもしたかのように。僕は昨日のことも、明日のことも忘れていた。幸福な今日に包まれ、なごやかに洗われていた。それは快く、感覚と魂によって、好奇心も弁明もなく味わわれた。僕の体中に染みとおって、素晴らしい味がした。

 朝だった。高い窓を通して、隣家の長い屋根の背越しに、空が清い淡青色に晴れわたっているのが見えた。空も幸福に満ちて、なにか特別なことをもくろんでいるように、そのためにきれいな着物を着でもしたように見えた。僕の寝床からは広い世界もそれ以上は見えなかった。この美しい空と隣家の長い屋根だけしか見えなかった。しかし、この屋根も、濃い赤茶色のかわらの退屈な殺風景な屋根も、笑っているように見えた。その急なかげった斜面にさまざまの色がかすかに漂っていた。たった一枚の青みがかったガラスの引っ掛けがわらが、赤い粘土のかわらの間で、生き生きと見え、静かにさんさんと輝く早朝の空の一部を映そうと、喜んで努力しているように見えた。空、屋根の背のいくらかごつごつした角、整然とならんだ茶色のかわら、空気のように薄い水色のただ一枚のガラスのかわらなどが、美しく楽しく和合しているように見えた。特別な朝のひと時に、それらのものは明らかに、互いに笑い合い、互いに善意を持ち合うことしか考えていないように見えた。空の青い色、かわらの茶色、ガラスの青い色は、ひとつの心で、一体となり、いっしょに戯れていた。みんな快さそうだった。それらを見るのは、それらの戯れに立ち会うのは、それらのもののように同じ朝の輝きと快感にひたされる感じを抱くのは、素敵であり、快かった。

 そういうふうに僕は、眠りの安らかな余韻と共に、はじまる朝を楽しみながら寝ていた。ひとつの美しい永遠であった。一生の間にこの時のほかにも、等しい、あるいは類似の幸福を味わったことがあるかどうか。いずれにしても、幸福がこの時より深く、より現実的だったことはなかった。世界は秩序であった。この幸福が百秒つづいたか、十分間つづいたか、とにかくそれは時間の外にあったので、ほかのすべての真の幸福に完全に似ていた。ちょうど、ひらひらと飛ぶシジミチョウがほかのに完全に似ているように。

 家の中はまだ静かだった。外からも物音はやってこなかった。この静けさがなかったら、おそらく起きて学校へ行かなければならないという日常の義務への警告が、僕の快さをかき乱しただろう。しかし、まぎれもなく昼でも夜でもなかった。甘い光と笑う空色が存在していたが、玄関の砂岩の床の上を女中がせわしく走ってはおらず、ドアがきしる音をたててもおらず、パン屋の小僧が階段を歩いてもいなかった。この朝のひと時は、時間の外にあり、なにものをも呼んでおらず、来るべきなにものをも指し示していなかった。それ自体で満ち足りていた。それは完全に僕を内に含んでしまっていたので、僕にとっても、日というものは存在せず、起床も学校も、半分やりかけた宿題も、うろ覚えの単語も、さわやかに換気された上の食堂でのせわしい朝食も考えられなかった。

 

『幸福論』ヘルマン・ヘッセ