二十七歳の地図

日記・詩・小説をつらつらと書き綴っています

『Innocent boy and Strange girl』

対話形式です。

 

 すっかり人々を魅了した雪も溶けきって、さやわかな温い風が吹いていた夜だった。僕は行きつけのバーに行くと、顔なじみの連中がアルコールの力で現実から目をそらそうと必死だった。

 その娘は露出の多い服でとりわけ目立っていたが、カウンターで一人っきりで飲んでいた。 僕は友人たちと他愛もない会話をひと通り終えた後、おもむろに彼女の隣のイスに座った。

「どうしたんだい? こんなところでひとりさみしく飲んでるなんて。まるで人生最後の酒みたいだ」

 彼女はタバコをふかしながら僕に目もくれずに応答した。

「さみしくみえる? このあたしが? あんた、人を見る目ないのね。あたしはさみしさなんて生まれてから一度も感じたことなんてないわ」

「そんなことはないだろう。誰だってさみしいから大勢で集まって酒なんか飲むんだろう?」

「あんたたちがそうなだけでしょう。あたしはいつだってひとりよ。」

「キミ、友人はいないの? 僕の下品だけど気の利いた友人でよければ紹介してやるよ」

「かつてはいたわ。親友ってやつかしら。だけど、ある日突然鼻から脳みそ垂れ流して死んじゃった。あたし真横で見てたわ。この子死んじゃったのかしら?、そう思っただけだった」

「そいつはツラかっただろうなあ。だけどそれはもう過去のことだ。いま、キミは幸せかい?」

「さっきからキミってあたしのこと? なんか変なの。あなたにとってあたしはキミなのね」

「だって名前知らないんだからそう呼ぶしかないだろう。なんて名前なの?」

「名前で呼ばれるのはキラいだから教えない。あなたの名前も教えなくていいわ」

「キミ変わってるって言われない? おそらくまだ十代半ばだろう? 学校には通ってるのかい?」

「学校なんてまともな神経じゃ耐えられないわ。三日で辞めちゃったわ」

「たぶん世間から見るとキミの方がまともじゃないんだと思うよ。俺はこう見えてちゃんと卒業するつもりだからな」

「あらそう。卒業してどうするの? また次の壁が立ちはだかるだけよ。それも卒業するの?」

「キミは独特の言葉の使い方をするんだね。卒業って言ったら退屈な授業やバカ教師とさよならすることだろ? 大人になったら結婚して幸せを求めるだけさ」

「あんた、やっぱりバカだわ。なにも社会ってものをわかってないのね。人間は本当の自分が見つかるまで卒業し続けなくちゃならないのよ。学校を出たからってなにかを成し遂げた気になってる人って軽蔑しちゃうわ」

「ずいぶん大人っぽいこと言うね。俺らはまだガキだぜ。なんにもわかってなくて当然さ」

「その無垢さがあたしにもあったらな……」

「え? なんだって?」

「なんでもないわよ。あんた男のくせにあんまり飲まないのね。もっとベロンベロンになって服も全部脱ぎ捨てて、街を駆け抜けてきなさいよ」

「バカな仲間がそういうことやってたけど、俺はゴメンだね。もしかしてキミはそういうタイプなの?」

「……あたしね。双極性障害なの。聞いたことある? 急に行動的になったり、急にベッドから起き上がれなくなったりするの。それを死ぬまで繰り返すのよ」

「へえ、はじめて聞いたなあ。精神病ってやつなのかな? そうは全然見えないけど。ここで自殺なんて勘弁してくれよな。またひとつ遊び場が減っちまう」

「自殺なんてバカなことはしないわ。ただあたしは、あと五年しか生きないって決めたの。五年経ったらそっと遠くへ消えるわ」

「本当におもしろい子だなあ。その五年間でなにをするんだ? 悠長に酒なんて飲んでていいのか?」

「アルコールは必要なの。芸術にとってはね。狂気を宿して表現する。これがあたしの残りの人生のテーマ」

「芸術かあ。絵を描いたりしてるの?」

「あんた本当に発想が貧困ね。あたしがすることすべてが芸術に決まってるじゃない。絵も描くし詩も書くわ。曲もいくつか作ったわね。でもそれだけじゃないの。毎朝布団から出て、さて今日はなにをしようか考える。そして行動する。ただ街中を散歩するだけでもいい。それも芸術なのよ」

「そういうものなのかあ。なんかわかるようでわからねえなあ。死ぬことは怖くないのかい?」

「死を怖い怖くないで考えたことなんてないわ。だって生まれた時から死はそばにいるんだもの。もう仲良しよ。あんたもしかして、あたしが本当は死なないんじゃないかって思ってるでしょ?」

「まあ、五年後のキミ次第だろう。考え方が変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。死ぬかどうかなんてまだわからないんじゃないかな」

「五年後のあたしの気が変わって「死ぬのやーめた」って言うかもしれないってこと? あなたことごとくズレてるわ。あたしの側においでよ。そしたらすべてがわかるわ」

「もしかして誘ってるのかい? あいにく今日はダメなんだ。この後ちょいと約束があってね。本当に残念だけれど」

「バカもここまでくると人生楽しそうね。そうね……あなたに決めたわ」

 彼女はおもむろにポケットからくしゃくしゃの紙を取り出して、僕の眼前に広げてみせた。

「なんだこれ? アルファベット?」

「バカ。URLってやつよ。いずれインターネットくらいあんたでもやるようになるでしょ。そこにアクセスすればあたしのすべてがわかるから。五年後、あなたがわたしの伝記をつくるのよ」

「待て待て、さっぱり話が見えないぞ。つまりキミが死んだ後、俺がキミの言葉や生き様を文章にして残せばいいのか?」

「あたり。膨大な量だから覚悟して取り組んでちょうだいね。じゃあ、あたしはもう出るわ。まかせたわよ、無垢な少年くん」

「……おう、わかったよ。五年後、キミの軌跡を輝かせてやるよ。じゃあな、変わったお嬢さん」

 

 あの日から五年後、毎日綴られていた彼女のHPはピタッと更新が止まった。

「……終わったか。僕にとってはこれからが始まりなんだけどな。さて、たいへんな仕事になるぞ」

 僕はあの娘のことをこれから知っていくだろう。出会ったあの日ではなく、五年後のいま。

 残された最後の記事のタイトルは『無垢な少年』だった。